イノセンス 冤罪弁護士を見てどう思う
冤罪は警察幹部の出世のために作られるものなの?
「イノセンス 冤罪弁護士」を見ていて弁護士以外はみんな公務員が裁判に関わっていますよね。その公務員と言う仕事に対する甘い考えがどれだけ一般市民を傷付けるかを考えさせられるものでした。
このブログでは警察や裁判所のちょっと変わった考え方を書いていましたが、このドラマのテーマが私の思うところと一致する部分が多く楽しませてもらえました。
真実を求めること!
これがみんなが望むことです。しかし警察では怪しい人に証拠を揃えられるかどうか、また検察は裁判に勝てる証拠かどうか、裁判所は証拠が納得できるかどうか、そこが重要とされています。
ある意味『真実よりも証拠。証拠が間違いないとなればそれは真実とみなす』
これが原則なんです。
たとえ間違っていても、証拠とされるものがあれば間違いではない。
ここに以前も書いた裁判官の一言
『私は神様じゃないんだから真実なんてわかりませんよ。出された証拠を見て判断するだけです。』
これが冤罪や民事などで起こる事実とは異なる判決を生む理由です。
ドラマの内容はどうだったでしょう
連続殺人をしていた犯人は、かつて痴漢をしたとして捕まります。それは被害者がお金目当てで嘘をついたのが始まりです。
痴漢は否認すれば反省なしとして起訴され、認めて示談すれば反省有りとして不起訴になります。もちろん悪質なものは不起訴になりませんが。
否認しても警察では自白を強要されたようですし、裁判では否認する被告の証言は「罪をのがれようとしている」と判断され、被害者の証言は証拠として扱われます。そうして有罪判決が出て人生を狂わされてしまいます。
実際にはだからと言って、殺人を犯して証拠を作り警察を騙して別の人間を犯人に仕立て上げて警察検察に間違った人を逮捕させてやろうとまでは誰もしないでしょう。それはドラマだからできることですが、実際に行われたら警察検察は同じ過ちを犯すでしょうね。
冤罪事件の反対は⁈
証拠として行けると思えば裁判になりますが、実際に犯罪を犯しているのが間違いないのに罪を逃れている場合はどうでしょう。
ここにも真実より証拠と言うキーワードが出てきてしまいます。
証拠不十分って良く聞くと思いますが、容疑者が否認していて証拠が十分でない場合には裁判になりません。
それだけに犯罪者は『証拠がなければ関係ない』と新たな犯罪が生まれてくるんですね。
その逆もありますね
「絶対にあいつが犯人だ」と証拠を警察で作るなんて場面もありましたし、実際に特捜部が証拠捏造なんてことも実際にありましたよね。
イノセンス 冤罪弁護士はそんなことを考えさせられるドラマでした。
裁判に関わる全ての人へ
裁判は人の人生を変えてしまいます。それだけにもっと重く感じてください。
痴漢事件をもっとちゃんと捜査していれば、犯人は大学に行き普通の人生を楽しく送れたでしょう。それが連続殺人犯になりました。
痴漢の被害者だと嘘をついた高校生はずっと苦しい一生を送るでしょう。
警察に思い知らせるために殺された人は戻ってきません。また周りの人の悲しみも消えません。
殺人の罪をきせられた人はやっていないと言い続けても信じてもらえないことで一人目は自殺し2人目も自殺したくなる気持ちがわかると言っています。
これら全て、最初の痴漢事件からです。
検事が
「そんなことで...」と最後に言っていますが、本人にはそれ以上のことだったでしょう。
『そんなこと』なんて軽いことではないんです。
最後に私のことですが、民事裁判でしたが出た判決は真実とは真逆の判決でした。だからと言ってドラマのような犯罪は犯しませんが、判決が間違いだったことは、事実です。
そんな間違った判決をだす人が裁判官として尊敬される立場にいるかと思うと本当に嫌になってきますね。
真実は一つです。
それをしっかりとやって欲しいと心から願っています。